世界に広がるうま味の魅力
食物とうま味物質

コンブは“だし”をとるのに、もっともよく使われます。京都の老舗の料亭では、コンブを60℃のお湯に1時間浸して“だし”をとります。図7の左側の図は、こうして作った“だし”の遊離アミノ酸組成を示しています。グルタミン酸とアスパラギン酸含量が、圧倒的に多いのが特徴です。アスパラギン酸は、弱いうま味を持っています。したがって、コンブ“だし”はほぼ純粋なうま味物質溶液です。図7の右側の図は、母乳の遊離アミノ酸組成を示しています。グルタミン酸含量が圧倒的に多いのが目立ちます。母乳のグルタミン酸含量は、左の図の“コンブだし”の含量に匹敵するほど多いのです。このことは、赤ちゃんが生まれながらうま味に親しんでいることを意味しています。

  • 昆布だし中の遊離アミノ酸
  • 母乳中の遊離アミノ酸

図7 コンブだしと母乳の遊離アミノ酸分析値

図8の左図は、トマトの遊離アミノ酸組成を示しています。グルタミン酸含量が圧倒的に高いのが分かります。右図は、トマトのグルタミン酸が成熟とともに増えていく様子を示しています。欧米では料理にトマトをよく使います。日本ではコンブやカツオブシで料理にうま味を付けますが、欧米ではトマトがこの役割を果たしているようです。

  • トマト中の遊離アミノ酸
  • トマトの熟度と遊離グルタミン酸

図8 トマトの遊離アミノ酸

図9は、パルメザンチーズの遊離アミノ酸組成を示しています。パルメザンチーズのグルタミン酸含量は圧倒的に多いのです。チーズは牛乳を熟成して作りますが、熟成過程で乳タンパク質はアミノ酸に分解されます。もともと乳タンパク質の中でもっとも含量が多いのはグルタミン酸ですから、熟成したチーズにはグルタミン酸が多くなるのです。乳タンパク質だけではなく、他の多くのタンパク質もグルタミン酸を多量に含んでいます。

パルメザンチーズ中の遊離アミノ酸
図9 パルメザンチーズ中の遊離アミノ酸

図10は、生ハムの熟成過程でのグルタミン酸含量の変化を示しています。熟成が進むにつれてグルタミン酸含量が大きく増大しているのが分かります。

生ハム(スペイン産)の製造過程における遊離グルタミン酸
図10 生ハム(スペイン産)の製造過程における遊離グルタミン酸

醤油や味噌は日本の代表的な発酵食品ですが、世界各国にもたくさんの発酵食品があります。図11には、グルタミン酸を多量に含む発酵食品や食材の世界的な分布を示しています。 前にも述べたように、うま味はほとんどの食材に含まれています。それぞれの食材の特徴ある味には、うま味が不可欠です。表2は、東大の鴻巣ら2)が明らかにしたカニ味の必須成分を示しています。カニ味は、3種のアミノ酸(グリシン、アラニン、アルギニン)、うま味物質(グルタミン酸とイノシン酸)、塩(食塩と第ニリン酸カリウム)を表に示すような割合で混合すると再現出来ます。この中からうま味物質を除くと、カ二味とはほど遠い味となってしまいます。カニ味だけではなく、多くの食物の味はアミノ酸、うま味物質、塩の組合せで再現されますが、いずれの場合もうま味物質は不可欠です。

グルタミン酸を多量に含む発酵食品や食材の世界的な分布
図11 グルタミン酸を多量に含む発酵食品や食材の世界的な分布

表2には、食塩と第ニリン酸カリウムが必要であると表示してあります。筆者の経験では、溶液を中性にすれば、第ニリン酸カリウムがなくてもカニ味は再現出来ます。表の組成の中から食塩を除くと、弱い味しか感じられません。食塩はアミノ酸の味を引き出す(増強する)のに不可欠です。

カニ味を再現するための必須成分

図12は、グリシンに食塩を添加したときの味の強さを示しています3)。グリシンは甘いアミノ酸ですが、食塩がないと弱い甘味しか示しません。食塩が最大の増強作用を示すのは、100mM(約0.6%)付近です。それ以上濃度を増すと、増強作用は減少します。0.6%の食塩それ自身は、わずかに塩味を呈するだけで塩辛くはありません。食塩が必要だと言うと、血圧を心配する人がいるかも知れません。カニ味だけではなく、ほとんどの食物の味を引き出すには、この程度の食塩が必要です。極端に減塩した料理がおいしくないのは、あまりにも食塩量が少ないためです。

食塩は全てのアミノ酸、
うま味物質、糖の味を増強する。

食塩によるアミノ酸の味の増強
図12 食塩によるアミノ酸の味の増強3)

【文献】
2) Fuke S. and Konosu S. Taste-active components in some foods: review of Japanese literature. Physiol. Behav.. 49, 863-868 (1991)
3) Ugawa T. and Kurihara K. Large enhancement of canine taste responses to amino acid by salts. Am. J. Physiol. 264, R1071-1076 (1993)

世界に広がるうま味の魅力