日本が誇るだし文化

だし:おいしさは、
だしのうま味で決まる

バリエーション豊富で視覚的にも美しい和食ですが、目に見えないところにも、その魅力を支える要素があります。それは、「だし」と呼ばれる一見シンプルな要素です。だしは和食の基本ともいえるスープで、見えない形で多くの日本料理に使われています。

和食の画像

だしが他のスープと異なるのは、西洋のブイヨンのようにシンプルな材料を長時間煮込むのではなく、時間をかけて熟成させた材料を厳選して使い、水に浸すだけ、または、短時間火にかけるだけで、素材が持つ風味のエッセンスそのものを抽出するという点です。

昆布だしの画像

だしには昆布とかつお節を組み合わせて使うのが、もっとも一般的です。だし作りに使われる材料には、他に椎茸や煮干しがあります。だし作りは長い年月を経て進化してきました。煮るという調理法は、日本では縄文時代(紀元前13000年~300年頃)から利用されていたことが分かっています。貝や魚の骨から取ったスープを、他の料理の味付けに使っていたようです。

かつお節だしの画像

7世紀頃には、昆布とかつお節を使っただしが登場しました。これがさらに改良され、日本になくてはならない調理用スープとなっていったのです。一般的に、一番だしと二番だしという二つの形で使われています。 だしは陰で支える役割でありながら、和食の中心的存在といえます。だし自体の味が特別なのではなく、他の材料の味を引き立て、調和させる力に優れているからです。和食の秘密は、味を引き立てつつ調和させるこの技術にあります。

うま味 
だしの味の鍵

だしの不思議な力の鍵を握るキーワードが、うま味です。 1908年、東京帝国大学の池田菊苗教授が、昆布だしに、基本味の甘味、塩味、苦味、酸味のどれを組み合わせても説明できない味があることを発見しました。池田教授は、この味のもととなる成分がグルタミン酸であることを突き止めます。そして、この味を「うま味」と名付けました。

池田菊苗の画像

その後、1913年にはイノシン酸、1957年にはグアニル酸もうま味成分であることが発見されました。1980年代以降、さらなる研究が進み、うま味は第五の味覚として世界中で幅広く認められるようになりました。だしの材料はどれも、うま味のもととなる物質を多く含んでいます。昆布は、世界中の食材の中でもトップクラスのグルタミン酸含有量を誇ります。
かつお節と煮干しにはイノシン酸が、干し椎茸にはグアニル酸が多く含まれています。うま味の効果は複合的です。それ自体が5番目の味でありながら、相乗効果もあるのです。二つのうま味成分を組み合わせると、うま味が増し、食材の単なる足し算以上の効果を生み出します。うま味には、他の味を引き立てる役割もあり、その染み込んだ食材に豊かで新鮮な味わいをもたらします。

うま味の発見者 池田 菊苗 かつお節の画像

うま味とは?

うま味は、甘味、酸味、塩味、苦味に続く5 番目の味です。これら5つの味はほかの味を混ぜ合わせてもつくることのできない独立した味であり、「基本味」と呼ばれます。うま味は、主にアミノ酸の一種であるグルタミン酸や、核酸であるイノシン酸とグアニル酸に、ナトリウムやカリウムなどのミネラルが結合した物 質の味を総称しています。

うま味とは

うま味は料理のおいしさに深く関わり、健康的な食生活を送るうえでも欠かせない味です。おいしさとは、風味、食感、匂い、温度、色や形のような見た目などさまざまな要素と、食べる人の体調、環境や食文化、経験などから決まる総合的かつ主観的な評価です。甘味、酸味、塩味、苦味、そしてうま味の5つの基本味は、おいしさを構成するもっとも重要な要素です。

5つの基本味 うま味の基礎知識

だしの材料

だしと呼ばれる日本独自のスープは、和食に欠かせないものです。だしは、いくつもの特別な材料を使用して作られており、さまざまな料理の風味を変える働きがあります。 ほとんどの種類のだしはその風味の繊細さゆえに、料理の中で味を区別することが容易ではないでしょう。しかし、だしの役割とは、料理に入っている他の美味しい食材の風味を際立たせ、引き出すことで、より深く、強く、複雑な味を作り出すことなのです。それが可能であるのも、だしが、甘味、酸味、塩味、苦味に続く5番目の基本味であるうま味に本質的に関係しているからです。

だしの画像

だしの材料 昆布

日本北部の島である北海道の沿岸に群生する昆布を収穫した後、乾燥して使用します。昆布のみを使った植物性のだしもあります。 その昔、最高級の昆布を北海道から遠く離れた京都まで、慎重に船で運んでいた時代もありました。京都は約1000年にわたり日本の都として栄えた古都です。平安時代(794年~1185年)に、殺生を禁じる仏教の教えと共に、菜食料理の一種である精進料理が伝わりました。精進料理に使われる材料は野菜と大豆製品のみで、肉や魚介類は一切使われません。昆布だしは、精進料理に使われる野菜の味を引き立てる上で欠かせないものです。

うま味食材-昆布

だしの材料 
かつお節

かつお節は、和食にさまざまな形で登場する海水魚、かつおを使って作られています。 かつおを乾燥した後、優良カビを噴霧して発酵させることで、より深みのある濃厚な風味を生み出します。この工程には数カ月という時間を要しますが、これにより驚くほど固く、独特な風味を持つ食材が出来上がります。完成したら専用の削り器で削り、料理に使います。 他にも、まぐろやさば、いわしなどの魚も同じように節の原料として利用されます。

うま味食材-かつお節

だしの材料 
干し椎茸

植物性のだしの材料として他に有名なのが、日本でもっともポピュラーな日本原産のきのこである椎茸です。風味を引き出すために椎茸を天日乾燥し、それを水に浸すことで、精進料理(仏教の菜食料理)の厳しい規則にも適合した美味しいだしを作ることができます。

うま味食材 - 干し椎茸

だしの材料 
煮干し

だしに使用される主な材料がもう一つあります。それが煮干しと呼ばれるもので、かたくちいわしやまいわしなど、さまざまな種類の小魚を乾燥したものを指します。昔から天日乾燥で作られ、水に入れて煮ることでだしを取ります。若干の苦みをともなった強い味わいで、味噌汁や鍋料理など、こくのある料理に向いています。

うま味食材 - 煮干し

最も重要なだし 
一番だし

一番だしの画像

伝統的なだしは、昆布とかつお節を使って作られます。この二つの材料だけで、異なる特徴を持つさまざまな種類のだしを作ることができるのです。なかでももっと貴重なのが一番だしで、最高級の昆布を水につけるか、軽く火にかけてから、さっとかつお節を加えて作ります。お吸い物など、だしの香りと質がもっとも重要とされる料理に使われます。一方、二番だしは一番だしを取った後の材料を再び使って作られ、上品さでは劣りますが、より幅広い料理に使えます。

  • だしを作る手順1
  • だしを作る手順2
  • だしを作る手順3
  • だしを作る手順4
  • だしを作る手順5
  • だしを作る手順6

様々な種類のだし

  • 昆布だし

    昆布だしは、植物性の藻類の昆布のみからとるだしです。その昆布は北海道を中心に東北の一部にかけて収穫されます。

  • 二番だし

    一番だしで使用した昆布とかつお節に一番だしの約半量の水を加え、ゆっくりと煮出すのが一般的です。しっかりとしたうま味があり、煮物や味噌汁に適しただしがとれます。

  • 煮干だし

    かつお節などと比べると、やや魚のくせが強いだしがとれる。乾物やえぐみのある素材などを煮るとき、または味噌汁などに使う。日本料理では使う場面はあまりないが、お惣菜や味噌汁などに用いられる。

    ※煮干しだけでだしを取る場合もあります。

  • 精進だし

    精進料理のだしをとる場合には、主に昆布を使う。魚や肉の類が禁止されているため、鰹節や獣骨などは使うことができない。 昆布のほかには、干椎茸や大豆、干瓢などの乾物、あるいは野菜の皮を干したものを使用する。中でも、干椎茸はうま味と香りが濃厚だが、反面クセが強いため、多く使いすぎると味のバランスを壊してしまうので注意したい。

だしにおけるうま味
の相乗効果

京都の高級老舗料亭の昆布だしと一番だしの中に含まれるうま味成分です。昆布だしに含まれるうま味成分は、アミノ酸の一種であるグルタミン酸だけですが、一番だしには、グルタミン酸と核酸系のイノシン酸がほぼ同量含まれています。

昆布だしのうま味は、アミノ酸の一種であるグルタミン酸によるものです。一番だしでは、グルタミン酸と核酸系のイノシン酸による相乗効果が起こるため、実際のうま味成分の量の8倍以上のうま味が感じられます。うま味の相乗効果は、グルタミン酸とイノシン酸がほぼ同量のときにもっとも強くなる、という研究結果もあります。したがって、京都の料亭で使われるこの一番だしのレシピは、非常に理にかなっているといえます。

味見する画像
うま味成分のグラフ
うま味成分のグラフ

世界の注目を集める
健康的な和食

先進国では近年、生活習慣病の予防と健康維持への人々の関心が高まり、摂取カロリーを抑え、動物性脂肪の摂取を控えようとする動きが加速しています。この食生活のトレンドの一環として、健康に良いとされる和食もブームとなっています。和食では、動物性脂肪に頼らず、だしのうま味を利用することで素材本来の風味を引き立てています。こうした料理の技術に関する知識を得ようと、今や世界中からシェフが日本に足を運ぶようになっています。

和食の画像

日本のだしの作り方を学び、動物性脂肪の代わりにうま味を利用する技術を身につけ、その後もうま味を活用した独自の調理法を開発し続けているのです。例えば、老舗の日本料亭が作る懐石弁当にはたくさんの食材が使われていますが、非常に低カロリーに抑えられています。その秘密は、だしのうま味を利用して風味を際立てる日本料理の技術にあります。

和食で感じるうま味