環境にも優しい独自製法で作られるスペイン産かつお節 from スペイン・ガリシア州ポンテベドラ県 ヴィーゴ 取材協力:Wadakyu Europe S.L.

現地で製造・販売
に至ったストーリー

「和田久(わだきゅう)」は1925年(大正14年)創業、東京・築地の老舗削り節専門店です。3代目社長の和田祐幸氏は2008年頃、和食がブームになりつつあった欧州で日本のかつお節の市場開拓の可能性を探るためパリやロンドンを巡りました。当時は、欧州には日本食店が1~2万軒ほどあったといわれ、「和食といえば寿司」という段階を超えて、徐々に創作和食や居酒屋のような業態、味噌汁などのメニューも登場しつつあったといいます。和田氏は「欧州でも本格的な和食や日本食が広がる時代が近いうちに到来するだろう」と感じ、かつお節の可能性も今後高まるはずだと確信したのです。当時、ロンドンで活躍する日本人シェフと話した際に、日本製の自社製品かつお節の賞味期限切れのものがなぜか5倍もの値段で現地に出回っていることを知り、欧州で正規のかつお節を展開できないものかと考えたといいます。
ただ、EUの食品安全基準では、日本でかつお節を燻蒸(燻すこと)する際に付着するベンゾピレンの問題で、日本から輸出することはできませんでした。では、現地で製造することはできないかとも考えましたが、いきなりヨーロッパで工場設立はリスクが高すぎると判断しました。そこで、付き合いのあったベトナムの鰹節工場にEU HACCP取得を依頼し、ベンゾピレンが付着している表皮部分をしっかり削り取り、そこからロンドンへ輸出するという方法で条件をクリアしました。2010年からは、こうして輸送されたかつお節の素材をロンドン工場で「削り節」として加工し販売を始めることができたのです。その後は、和田氏が自ら欧州各地を駆け巡って営業し、徐々に市場を開拓していったといいます。
ただ、この方法では時間もコストもかかるため、やはり欧州で工場を設立し、欧州の厳しい基準を満たしたかつお節を製造できないものかと並行して研究を続けていました。そして、ついに欧州の基準を満たす独自のかつお節の製造方法を生み出したのです。

和田氏の家から望むヴィーゴの海

現地で販売されている
商品イメージ

Wadakyu Europe S.L. の欧州での
かつお節製造方法

日本での製法のように木材を燃やしてスモークをかける(燻蒸)とベンゾピレンが発生するため、まず欧州で技術が進んでいるベンゾピレンを発生しない燻製の方法を研究したといいます。
日本伝統の方法ではかつお節製造のために木材が大量に必要となりますが、ヨーロッパでは木材が貴重な資源と考えられており、環境のためにも燻製システムの研究が進んでいます。ヨーロッパ式の手法を取り入れると、使用する木材は非常に少なくて済み、低い温度で煙を多く出すことでかつお節を燻すことができ、ベンゾピレンを含まないかつお節が作れるのです。

試行錯誤の末、こうした独自のかつお節製造方法にたどり着くことができました。そこで、いよいよ欧州でかつお節の製造を一貫して行える工場設立地を決めるため、和田氏は欧州各国を巡り歩き、たどり着いたのが現在拠点を構えるスペイン北部ガリシア州ポンテベドラ県にあるヴィーゴという港町でした。この地を選んだのは、なによりも大西洋・インド洋のカツオが豊富に水揚げされる随一の漁港を有していたためです。魚の品質が良く、魚種も豊富で、価格もヨーロッパにしては安価でした。商品化したかつお節の価格も、日本と比べると少し高くはなりますが、市場に出せるレベルになると確信したといいます。
こうして、2015年初頭から新天地スペインでの挑戦が始まりました。まだ誰もやっていなかったことを、築地発老舗削り節店代表の和田氏自らが挑戦して、5年やって結果が出なかったら帰ろうと決めていたといいます。6年目に入った2020年5月、地道に欧州各地を回ってかつお節の魅力を伝えながら営業努力を続けてきた結果、和食店をはじめ各国料理の店にも市場が拡大してきたそうです。

  • 現地で展開している商品について

    ● 各種かつお節、まぐろ節、さば節、いわし節、煮干し、タコ節など
    ● だしパック

  • 現地で販売されている商品のイメージ 現地で販売されている商品イメージ

現地での使われ方

和田氏によると、最近はヨーロッパの客層に変化が見られるようになったといいます。レストラン等への業務用販売だけでなく、新型コロナウイルスの影響で業務用売り上げがなくなった時期に、欧州各地から一般家庭向けの小袋花かつおが5万パック以上のオーダーが入りました。徐々にかつお節やだしに関する認知が現地の人たちにも進んでいる兆しが見られるのです。
飲食店でいえば、やはり和食店が約6割、ラーメンを中心にたこ焼き・お好み焼き店などが約1割と日本食関連の利用が中心となっていますが、その他スペイン料理、フレンチ、イタリアンなどの各国料理店もそれぞれ1割程度、活用されているといいます。
スペイン料理であれば、煮込みのスープのもと(ブイヨン)を作るときに使われています。他の魚と一緒にかつお節を入れて、現地ならではのだしに活用されています。フレンチではかつお節を香りづけに使い、食材の味を引き出すような洗練された使われ方をしています。イタリアンでは、ドライトマトやドライきのこなどと一緒に使われていて、うま味の相乗効果が理解されているようです。さらに、欧州各地にも本格的なラーメン店が増えてきており、そうした店ではかつお節を上手に活用してクオリティの高い味に仕上げています。
和田氏が最も驚いたユニークな使われ方としては、ロンドンのミシュラン店で鴨のコンフィを作る際に、鴨をバッター液(小麦粉や卵の液)につけてから、その上にかつお節をまぶして(パン粉替わりに)油で揚げる方法です。かつお節は油で揚げると風味がなくなってしまうので、この使い方には非常に驚いたが、彼らは常に新しい食材を求める中で、魚を燻してから薄く削ったかつお節という食材を“物質的に”面白いと考えて使っていたのです。こうした発想はもちろん日本のシェフからは生まれないため、衝撃を受けたといいます。かつお節の使われ方としては複雑な気持ちになったが、固定観念にとらわれない使い方の提案が必要だということを再認識した瞬間でもあったのです。

今後の課題や展望

現地で製造するかつお節は決して安い食材ではないため、購入・活用してくれているシェフや店はその価値を理解してくれており、彼らなりのうま味の新しい発見をしているのだと和田氏は感じています。今後も欧州各地の顧客から声がかかればすぐにサンプルを送って試してもらったり、直接訪問するなどして価値を伝える活動を続けていきます。
たとえ和食ブームが去ったとしても、各国でその国の料理やローカルの人たちの食文化にかつお節を使ってもらえるようにしていきたいといいます。そのためには、引き続きスパニッシュ、イタリアン、フレンチなどそれぞれのシェフの使い方を研究して、その後には一般家庭でも利用してもらえるように広げていくことを目指しています。
さらに、和田氏が欧州の地で研究を重ねて生み出したベンゾピレンを含まないかつお節の作り方を、日本への逆輸入が進んでいます。欧州の食品輸入規制が厳しくなり(特に混合調味料等)、EU HACCP対応の原料を使用したかつお節の使用が必須となったためです。また、日本の伝統的なかつお節は発がん性が非常に低いため特に問題はないですが、例えば赤ちゃんなどが食べると心配がないことはないのです。どんな人たちも安心して食べられるようなかつお節の製法を日本に逆輸入することは意義があると感じています。