世界に広がるうま味の魅力
MSGの安全性について

2008年3月5日のニューヨークタイムス紙には、「Yes、MSG, the Secret Behind the Savor」と題する記事が掲載されました(図26)。何故、Yes, MSGなのか、かなり詳しい説明がなされています。以下この内容を紹介します。

New York Times, March 5, 2008 Yes, MSG (monosodium glutamate), the Secret Behind the Savor IN 1968 a Chinese-American physician wrote a rather
lighthearted letter to The New England Journal of Medicine. He had experienced numbness, palpitations and weak after eating in Chinese restaurants in the United States, and wondered whether the monosodium glutamate used by cooks here might be to blame.
The consequences for the restaurant business, the food industry and American consumers were immediate and enormous. MSG, a common flavor enhancer and preservative used since the 1950s, was tagged as a toxin, removed from commercial baby food and generally driven underground by a new movement toward natural, whole foods.
Just like salt and sugar, MSG exists in nature, it tastes good at normal levels.

図26 Yes,MSGという記事を記載したニューヨークタイムズ紙

1) 中華料理店症候群

1968年にNew England Journal of Medicine誌に、中華料理を食べると顔がほてったり頭痛がすると訴える人がいるというレターが載りました15)(図 27)。このレターは、1ページの4分の1ぐらいの長さで、科学的な記述はありません。このなかでは、この症状の原因は、中華料理に含まれるMSGか、食塩の使い過ぎか、料理に使われる紹興酒なのかとか指摘していますが、著者のDr. Kwokは、自分のクリニックでは臨床試験が出来ないので、臨床試験をしてくれる人を求めていました。その後、中華料理店症候群の症状を訴える人を集めて2重盲検法による検査が米国内の三つの病院で同時期に行われました16)。たとえば、一方にはMSGを他方にはデンプンを入れ、どちらの場合に症状が起こるかが調べられましたが、被験者の症状とMSGとはまったく関係がないことが明らかになりました。
MSGは安全であるという意味で、Yes, MSGという題の記事がニューヨークタイムズ紙に掲載されたのです。記事の最後は、ある科学者の意見(Just like salt and sugar, MSG exists nature, it tastes good at normal levels ;食塩や砂糖と同じように、MSGは自然界に存在するものであり、適当な濃度であればいい味がするものである)と結んでいます。
以上の症状は中華料理店症候群と呼ばれています。ちなみに、中華料理症候群は差別用語であるとの指摘もありますが、他に適当な言葉が見つからないので、使わせて頂きました。
イギリスのフ-ドジャーナリスーは、「Shushi and beyond」という本のなかで、それまでのMSGの安全性に疑問を持っていたことを反省して、「MSG aporogize」という章を設けています。

  • 1968年 中華料理店症候群の報告
    中華料理を食べると顔がほてったり頭痛がする。(MSGが原因)
  • その後二重盲検法適用された。(一方にMSG,他方にデンプン)

結論 : 被験者の症状とMSGは関係なし

図27 中華料理店症候群

2)生まれたてのマウスに多量のMSGを注射した

MSGの安全性に疑いを投げかけた論文は、1969年にも出されています。ワシントン大学のJ.W.OlneyはScience誌に、次のような論文を発表しました17)。生まれたてのマウスの腹腔に大量のMSGを注射して、どこに異常があるかを丹念に調べました。その結果、脳のある一部の神経に障害が起こることを見いだしました。この条件で実験を行う限り、再現性はあるようです。
ただし、食品成分の安全性を調べるのに、何故注射したのかという根本的な疑問があります。腹腔に注射すれば、注射物は全身を回る血管に入ります。静脈に注射したのと同じです。たとえば、リンゴなどに多量に含まれている塩化カリウムを注射すれば、動物はたちどころに死んでしまいます。口から摂取するのと注射で与えるのとでは、条件があまりにも違いすぎます。その後大量のMSG (60kgの人に換算して1日2.6kg)を、食事とともにマウスに与えた実験が行われました。マウスには何らの障害も起こらなかったというのが結論です。

  • 1969年 J.W.Olney (Science) 生まれたてのマウスに大量の MSG を注射
    脳の一部に障害
  • その後、大量の MSG(60Kgの人に換算して 一日 2.6Kg)をマウスに食物と一緒に与えた
    マウスに何ら障害は起こらなかった

図28 マウスに MSG を注射した実験

3)MSGの体内動態

グルコースなどは、小腸で吸収されると門脈を通って肝臓に行き、そこから全身を回る血液に入ります。この結果、筋肉や脳などにグルコースが運ばれ、エネルギー源として使われます(図29右図)。

MSGの体内動態
図29 MSGの体内動態

一方、MSGを口から摂取したときに、MSGは全身を回る血液にはほとんど出てきません。図29には、MSGを口から摂取したときの体内動態を示しています。私たちは、食事により一日に約20gのグルタミン酸を摂取しています。20gのうち、大部分は食物として摂取するタンパク質由来です(タンパク質は消化管で分解され、遊離のグルタミン酸が生じる)。グルタミン酸は小腸(十二指腸、空腸、回腸)から吸収されます。吸収されたグルタミン酸は、大部分小腸で消費されてしまいます。分解されてエネルギー源になるか、他のアミノ酸の合成に使われるか、グルタチオン(生体防御物質)の合成に使われます。したがって、大量のグルタミン酸を口から与えても、脳に取り込まれないので脳に障害を与えることはありえません。グルタミン酸は非必須アミノ酸であり、筋肉や脳で合成されるので、これらの臓器では食物由来のグルタミン酸は必要としません。

4)MSGバッシングのその後

以上のように中華料理店症候群やOlneyの実験結果は科学的に否定されており、FAO/WHO合同食品添加物専門家委員会、欧州共同体食品科学委員会/欧州食品安全委員会などは、1987年と1990年に再度MSGの安全性を確認しています(図30)。

  • 1987年、国連の国際食料農業機関と世界保健機関は
    MSG の安全性を再確認
  • 1990年 EUの食品科学委員会
    同様な討論

図30 MSG の安全性の再確認

しかしながら、中華料理店症候群やOlneyの実験結果は、世界中にセンセーショナルに報道されたので、MSGの安全性の問題は今だに尾を引いています。たとえば、インドでは現在でも、ベビーフードにMSGを使用することを禁止しています。図7に示したように、母乳に大量のグルタミン酸が含まれているということが分かっているのにでもです。

5)化学調味料という言葉

2020年5月、NHKの「所さん大変ですよ」という番組で「あなたの知らない化学調味料の謎」という番組で化学調味料という言葉の由来が紹介されました。実は化学調味料という言葉は、NHKが作ったものだったのです。その昔、NHKの番組でうま味成分を取り上げました。グルタミン酸は「味の素」として商品化されています。公共放送であるNHKは「味の素」という商品名を使う訳にいかず、化学調味料という言葉を使いました。あの時代は、化学という言葉は新しい素晴らしいものを作り出す分野の学問として、世間的にも大変評判のいい言葉でした。私自身も、大学では化学を専攻しました。現在の日本うま味調味料協会は、一時日本化学調味料協会と呼んでいた時期があります。
その後、公害が問題となり、化学は公害を引き起こすという悪いイメージが広がりました。化学調味料は、化学的に合成しているという誤った情報の元にもなりました。実際には、「味の素」はサトウキビやキャッサバを原料として、発酵法で作られています。酒や味噌や醤油のように発酵で作られており、化学合成で作られたことはありません。日本ではいまだに、化学調味料は使用していませんと書いてある張り紙をしているレストランがあります。商品のラベルにも、そう書いてあるものがあります。このためもあって、いまだに化学調味料は体に悪いと信じている人も多いのです。
あるとき、北海道の地方都市で、自然農業を行っているグループから講演を頼まれました。そこで、コンブのなかに含まれるグルタミン酸と市販のグルタミン酸(味の素)とは、まったく同じものですと話しました。すると、味の素は合成で作っているのではないですかと質問されました。いやお酒と同じく発酵で作るのですと答えました。私は化学者ですから、例え合成で作ったとしても、コンブのグルタミン酸と同じと思いますと言いました。一同、唖然としていました。
グルタミン酸はいいが、MSGはだめだと考える人もいます。グルタミン酸はHOOC-CH2-CH2-CH(NH2)-COOHの構造を持っています。アンダーラインを引いた部分をRと書くと、RCOOHと書けます(図31)。

MSGとグルタミン酸の関係
図31 MSGとグルタミン酸の関係

グルタミン酸は弱酸ですが、食材(たとえばコンブ)は中性ですから、グルタミン酸は食材中では中和されたイオン型(RCOO-)になっています。イオン型のマイナスイオンは食物中に存在する陽イオン(主としてNa+とK+)で相殺されています。コンブを抽出してグルタミン酸成分を沈殿させると、グルタミン酸のナトリウム塩(MSG)とカリウム塩の混合物が得られます。つまリ、MSGは食物中に存在する主要なグルタミン酸塩です。ただし、ここで得られたものは混合物ですから、図2に示した池田の実験では、酸性にしてグルタミン酸を純品として得ています。このように、MSGは食材中に存在するものです。商品として売られているMSGはサトウキビやキャッサバなどを発酵させて作っていますが、コンブ中に存在するMSGと同じものです。

【文献】
15) Kwok H. M. Chinese restaurant syndrome. New Engl. J. Med. 278, 796 (1968)
16) Geha R.S., Beiser A., et al. Multicenter, double-blind, placebo-controlled, multiple-challenge evaluation of reported reactions to monosodium glutamate. J. Allergy Clin. Immunol. 106, 973-979 (2000)
17) Olney J. W. Brain lesions, obesity, and other disturbances in mice treated with monosodium glutamate. Science 164, 7 l 9-721 (1969)

世界に広がるうま味の魅力